ミィ!ミィ!ミィ!

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2週間

ジュニアが虹の橋へ旅立ってちょうど2週間。
 もう2週間という思いと、まだ2週間という思いが交錯している。

  ジュニアが不在という状況は、8月25日に入院してから約一カ月だ。
   入院中は、必ず元気になって帰ってくると信じていたから、
   さびしくてもしかたがないと自分を納得させていた。

  それが、こういう結果になるとは、まさか、まさかである。
  あの入院期間は、こうなることの準備期間だったのだろうか。
   こんなことになるんだったら、入院させずにあのままうちで最期までいさせてあげたかった。
  
 今更何をいってもすべては詮無いこと。
   結果が分かっていれば、苦労はない。
     もし、あのまま入院させなかったら、もっと早く逝ってしまったはずだ。
     だが、入院となると住み慣れた我が家で好きなように動けるわけではない。
     ストレスも相当なものだろう。
     入院させなければ、ふにゃやコロンとミーニャとももっと一緒に過ごせたのだ。
   どっちを選んだにしても、後悔は残るだろう。。。正解はわからない。

残されたコロンとミーニャ。
 多少今までと勝手が違うようだ。
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   二人で箱入り。
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 ジュニアも仔猫のころからいろんなところに入り込んでいたっけ。
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 ちなみに、9月25日はマイコロンの命日。
ジュニアのことがあったので、マイちゃんにはちょっとお引っ越しをしてもらった。
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  おそらくマイコロンは生まれ変わっているはずなので、
 落ち着いたら整理をして元の場所で、ジュニアと一緒に並んでもらおう。

   いたずらミーニャがこんなこともしていた。
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     そこは、ジュニアがよくふにゃを監視していた場所だ。なんだろねぇ。。。
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by mycolon | 2013-09-27 21:41 | ジュニコロミーニャ | Comments(2)

おうちのこ

ジュニコロに初めてあった日、ただ子猫を見るだけのつもりだったふにゃと連れ合い。
 ジュニコロをうちの子にすると決めたはいいが、挨拶がわりのお菓子くらいしか持っていかなかった。
  すると、キャリーバッグをお貸ししますということでジュニアに入ってもらった。

  コロンは小さいからと、本当に小さなバスケットを貸してくれた。
  小さすぎて少し窮屈そうなくらい。


  そのアパートを暇乞いしてから歩き出すと、
  コロンは「ギャァギャァ」とねじの切れた機械のような声で鳴き叫ぶ。
   あまりに悲惨な声を出すので、ジュニアのキャリーに余裕があったし、
   一緒にした方がいいのではないかと、コロンを移動。
 ぴたりと鳴き止み、ジュニアとコロン、二人仲よくくっついって大人しくしていた。

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  帰り道で獣医さんに予約を入れて、電車を乗り継ぎ当時の我が家へと帰った。
 電車の中でもうんともすんともいわず大人しくしているジュニコロ。
   そのジュニコロに気付いた子どもたちがいた。

  「あ、かわいい。猫だ!」

 ジュニコロの入ったキャリーの前で座り込んで覗き込む子どもたち。
   ジュニコロは我関せず。
     あれだけ鳴き叫んでいたコロンも、ジュニアと一緒ならば平気なのかもしれない。













我が家にたどりついても、獣医さんの予約の時間までしばらくあった。
 ノミがすごそうだったので、とりあえずは一部屋の中だけで自由にする。

   連れ合いは、横になってずっとジュニコロの動きを追っていた。
     「やっぱり、猫がいるっていいね。」とひとこと。。。




獣医さん(ジュニアを看取ってくれた獣医さんだ。)へ連れて行く。
 病院の待合室でたまたま出会った猫ちゃんのオーナーさん。
  「かわいぃ~♪お前たち、かわいいって言うのはああいうのをいうんだぞ。」
   きれいな大人猫ちゃん二人に向かい、そう言っていた。
 大人猫になる前はみんな仔猫時代があったはずなんだけど、忘れちゃってるのかな。

 さて、診察、思った通りノミがすごい。
   だけど、あまりに小さすぎてフロントラインは使えない。
     コロンはさらに小さいので、蚤取粉も使えない。

   そこで、ジュニアに蚤取粉を使って、いつも一緒にいるコロンの分まで頑張ってもらうことになった。
    かわいそうだけど、一晩隔離。

  翌日、その部屋の床にはノミの死骸が・・・。

   つぶさないように、残骸をガムテープで取り続けること2-3日。
  どうやらノミは駆除できたようだ。

白血病や猫エイズの検査は、まだ小さかったのでできなかった。
 しかし、マイコロンはどちらも感染していたので、亡くなったあと少なくとも半年は新しい猫を入れないようにいわれていた。
  結果が分かるまではちょっとドキドキの日々が続いたのだった。
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    ジュニアは、何でも率先していろんなことをしてコロンに手本を示していた。
     とっても優しくていいお兄ちゃんだったんだよなぁ。。。
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by mycolon | 2013-09-26 21:45 | ジュニコロ | Comments(4)

班猫

9月20日、ジュニアの初七日。
 この日の日本経済新聞の夕刊、一面に「班猫」と題する日本画が掲載されていた。

 その絵が目に飛び込んできた瞬間、思わず涙がこぼれそうになった。
 
 なぜならば、その猫がジュニアにそっくりなのだ。
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     今年の6月9日に撮ったジュニア。


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右はその記事を帰宅してからスキャンした。


中途半端なしっぽの長さといい模様といい、まさにジュニア。。。
  実際にジュニアがモデルになったわけもなく、よく似た猫ということ。
    それだけありふれた模様の猫でもあったようだ。


さて、ジュニアの追悼もかねて、整理していないジュニコロの写真を片づけよう。
 整理しながら、思い出なども重ねて記事にしていきたい。
  ジュニアが生きた5,680日を振り返る。
    我が家にやってきた経緯は、このブログの最初の方で書いた。参照:「ジュニアとコロン」

 ジュニアをうちの子にする際約束したこと。
  何があってもふにゃが最後までかわいがる、最後まで守る。

   その約束は、守られたのだろうか。
       ジュニアに聞けるものなら聞いてみたい。

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 うちに来たばかりのころのジュニコロ。
手乗り、肩乗り。
連れ合いも若い。
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by mycolon | 2013-09-22 20:41 | ジュニア | Comments(0)

たくさんのありがとう

昨日は十五夜、中秋の名月が満月になるのは珍しいそうだ。
 とってもきれいな澄んだ月だった。今日も、美しい月が浮かんでいる。


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  たくさんのお花に囲まれ、ジュニアもうれしそう。。。
    ありがとうございます。

 コロンもミーニャも興味津々です。
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 前回の記事でジュニアに「馬鹿野郎」といいたいと書きましたが、
それは、もし、ジュニアが退院して私への負担が大きくなってしまうことを懸念して
それよりは早く逝った方がいいと判断したとしたらという意味です。
 どんなになっていようが大切なわが子同様のジュニア。
  最期の最期まで面倒を見てあげたかった。。。


 ジュニアがお骨になってしまう前の最後の夜、なかなか眠れなかったふにゃであるが、
 それでも最後くらいはみんなで一緒に寝ようと、ジュニアを枕元に運んだ。
  みんな一緒だ。
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      なんだかコロンが偉そう。。。



閲覧注意:この後は、ジュニアの最後の姿が写っています。
 ご覧になりたくない方は、飛ばしてください。




翌日、ジュニアのお顔が徐々に変化し、なんだか微笑んでいるように・・・。
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  これが現世で最後のジュニアの姿。
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   ジュニア、たくさんの幸せをありがとう。
    ジュニアと暮らした日々は、とっても楽しく幸せに満ちてたよ。
      ありがとう、ジュニア…。
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by mycolon | 2013-09-20 23:02 | ジュニア | Comments(0)

その日。

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  きれいなお花をたくさんいただきました。ありがとうございます。。。  


通称ジュニア、本名マイコロンジュニア。
  1998年(平成10年)2月25日生まれ。2013年9月13日没。15歳6カ月と20日。

ジュニアの逝った日、ふにゃは有給を取っていた。夏休みを遅れて取ったかたちだ。
連れ合いは夜勤明けでお昼過ぎに帰る予定だった。

  この日に面会に行こうと思ったのだが、連れ合いが所用があるということで土曜日に行く予定にしていた。
  今思えば、なぜ行かなかったのだと悔いばかりが残る。

 遅い昼食を連れ合いと待ち合わせて取り、帰ってからあれこれ片づけてからお昼寝。
 そのまどろみの中、ふにゃの携帯が鳴った。

 午後4時10分。ジュニアの入院先の先生からだった。
  「実は、ジュニアが先ほど息を引き取ってしまって。云々・・・」

頭の中が真っ白。先生の説明が右から左へと流れてしまう。
   わかったのは、ジュニアが逝ってしまったということだけ。

   あわてて寝ていた連れ合いを揺り起こして、病院へと向かう。

 病院へ着くと、すでにお風呂に入れられきれいになったジュニアが、棺となる白い段ボールにタオルにくるまれ入っていた。
 前日の血液検査の結果では、肝臓の値は順調に良くなっていたのだという。
 この日の午後、チューブでご飯を入れた時に吐いて、その中に血が混じっていたそうだ。
 そして、先生が午後の診察にそろそろ行こうかというときに、ジュニアがケホケホと吐きそうな様子を見せた。
  その後、息を詰まらせ蘇生をしたが、ついに帰らぬ命となってしまったそうだ。 
  おそらく肺か何かに血栓が詰まって閉塞したと考えられるという。塞血栓というらしい。
 先生も予測できなかった突然の出来事。

   ふにゃも連れ合いも、信じられないという思いでいっぱいだった。(今でも信じられないんだけど…)

家に帰ってきてから、ジュニアの入った箱をソファーの上に載せ、そのままふにゃは花を買いに出た。
 ジュニアの姿を見てしまうと、絶対に泣き崩れて動けなくなる自信があった。
 連れ合いはその間にお寺さんへ連絡。


花を買って戻り、ジュニアの最期の玉座を用意。
 以前お気に入りだったクッションの上にジュニアを載せ、その前に花やろうそく、その他を用意した。

  我が家の王様だったジュニア、最大5.7キロあった体重が最期は3.18キロにまで落ちてしまった。

コロンとミーニャは、何が起きているのか知ってか知らずかあちこちウロウロ。。。。

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    あまり見たくない方もいらっしゃると思いますので、ジュニアにはモザイクをかけました。。。


   生まれてからずっと一緒だったコロン。片時も離れず一緒にいたジュニコロ。
   離れ離れにこんな長い時間を過ごしたのは初めてのこと。

においを一生懸命嗅ぐけど、シャンプーしてもらったせいかジュニアのにおいがしない。
 もしかして、ジュニアだとわからない?

   ミーニャは遠巻きにふにゃたちのことを見ていた。ジュニアにはあまり近づこうとはしない。
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        これが精いっぱい。



   連れ合いは寝不足と疲れでベッドに倒れこんでしまったが、ふにゃはなぜか眠れない。
   いろんな思いが交錯して、頭がおかしくなっていた。

 なぜ、このタイミング?このとき?マイコロンが呼んだ?
  仕事をなかなか休めないふにゃと連れ合い。
    13日に有給を取って4連休となったふにゃ。
  夜勤明けではあるが、土日はまだ何とかなる連れ合い。

    まるで計ったように旅立ったジュニア。
  葬儀の手配も何もこのときを逃すと大変という最適の日を選んで逝ったジュニア。

    でも、でも、まだまだ一緒にいたかった。
    元気になって帰ってくると信じていた。

    本音を言えば、ジュニアの退院した先のことを考えるとどうすればいいのか戸惑っていたふにゃである。
   まぁ、何とかなるとは思っていたけど、こんな形で解決するのは不本意だ。
   そこに関しては、ジュニアに文句を言いたい。
     「ジュニアの馬鹿野郎!」

いろんな思いが交錯する中、こうして13日の金曜日は過ぎていったのだ。。。
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by mycolon | 2013-09-17 22:44 | ジュニア | Comments(10)

13日の金曜日、そして仏滅

2013年9月13日金曜日、午後3時55分。


  ジュニアが旅立ちました。



   あまりの突然のことに、先生も驚いています。

  肝リピドーシスは、恐らく二次疾患。
    もととなる原疾患が見つからないままジュニアは逝ってしまいました。
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  最後はおうちで看取りたかった。
    この手の中で逝かせてあげたかった。。。


   つらい思いだけをさせたのではないか。
 さみしい、見捨てられたと思ってしまったのではないかと、いろんな思いで頭の中がぐるぐる…。


   でも、もう今となっては正解はわかりません。
  これが最善だったと自分を納得させるしかありません。


   ジュニアが死んだなんて、今も信じられません。 


     嘘だと誰かにいって欲しいです。


  ジュニア、ジュニア、大事な大事な私の宝物…。


生あるものはいつかは死を迎える。
    わかっていてもつらいもの。


      あまりにあっけない最期に言葉が空回りしています。


   温かいコメントありがとうございました。
 ジュニアは最後の最後まで、とってもいい子でした。
   気を遣いすぎてこんなに早く逝っちゃったのかもしれません。
     頭のいい子でした。


   ジュニア、今までありがとう。


 落ち着いたら、またゆっくりとご報告させていただきたいと思います。。。
    ありがとうございました。。。。
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by mycolon | 2013-09-14 01:33 | ジュニア | Comments(12)

落ち込んでばかりいられない

このところ、入院中のジュニアのことばかり考えてしまう。
 祈りにも似たつぶやきが口をつく。
  つい、「ジュニア」と呼びかけている。

   絶対に元気になって帰ってくる。


 ジュニアの様子を聞くべく9月5日に電話を入れた。
   あまり芳しくない。。。。 


 美味しいご飯はちょっとだけ口にしてくれるけど、あとは全く駄目だという。
  恐れていた肝リピドーシスの傾向が顕著になった。
 一日から鼻チューブで強制給餌開始。
     「吐いてでも食わせろ」
     これが肝リピドーシスになった時の鉄則。

昨日の日曜、連れ合いとともに病院へ。
   待合室で待っていると、ジュニアの声が聞こえる。
      前回と違って、弱弱しい。

   いざ面会。


      ジュニアの姿を見て絶句した。


      思わず涙がこみ上げてくる。

    ここに載せるにも抵抗がある。
        何とかお見せできるのがこの程度。
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     あまりに痛々しすぎてつらい。。。
       ほかにも写真を撮ったが、Moreでしか載せられない。

   後ろ足のわずかに残っていた肉が、ごっそり落ちてしまった。
     体重、3.26㎏。

   鼻からのチューブは細いので、強制給餌といってもあまりに大量には入れられない。
   これで少しは胃が刺激されて、口からご飯を食べてくれればいいのだが、その様子は見られないという。

肝リピドーシスの死亡率は50%だそうだ。
    どっちに転ぶかわからない。
   

   もう、先生にお任せした以上、私と連れ合いがいくら落ち込んだって、泣いたって喚いたって始まらない。
   今までのことを悔やんでも仕方がない。

    ジュニアの生命力がどこまでなのか見守ることしかできない。


ということで、備忘録。
 9月7日、ジュニアに会いに行った前の日。
   ふにゃの大学の恩師のお墓参りと偲ぶ会が開催された。
   卒業以来すっかりご無沙汰してしまった諸先輩や同期、後輩。
    何年ぶりなんでしょうね。。。
  
    いろんな方の消息をうかがい、人生はどこでどうなるかわからないものだと改めて実感。


  先生のお墓がある多磨霊園、初めて足を踏み入れたけどすごいなぁ。。。
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山本五十六

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東郷平八郎

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北原白秋


   先生のお墓にたどりつくまでに見つけた著名人の墓。


 お墓ツアーがあると聞いたことがあるけど、なるほどねと思ってしまった。


    でも、このツアーには虫よけとかゆみ止めが必須です。

ジュニア、頑張ってます。
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by mycolon | 2013-09-09 21:51 | ジュニア | Comments(15)

面会なんだな

ジュニアが入院したのが8月25日。日曜日。

実はその翌日26日と29日に電話でジュニアの様子を聞いていた。
 最初、先生が気になったのがジュニアの下痢だという。
 そのことは入院する際の聞き取りでAHTの方に話をしていた。
 前に見てもらった病院でも便の検査をしたし、その結果も伝えてある。
 なおかつ気になるというのは何かある。
 
 ジュニアは、少しだけど食べなくなっていたドライフードを口にしたという。
  「よかった」それを聞いてその時は少し安心したのだった。

 29日は、血液検査をする予定だったので、夕方電話でその結果を聞いた。
  その際に、ショックなことを告げられた。

  下痢便からちゃんとした形の便になったことはなったのだが、
    検査をしてみると、消化されていない。
     つまり、膵臓からの消化酵素が分泌されていないということ。(膵外分泌不全)
      (後で聞いたら、もうこれは治らないそうだ。)

     先生は、ご飯に消化酵素を混ぜればいいだけだから、大したことじゃないと楽観的。
     でも、ご飯に薬を混ぜるとプイッと見向きもしなくなるジュニア。
       心配だ。。。

  それで、血液検査の結果は横ばい。悪くもなっていないし良くもなっていない。
  恐れていた肝リピドーシス(脂肪肝)にはなっていないということだった。

8月31日、土曜日。
暑さがぶり返し、連日の猛暑日となったこの日、夜勤明けの連れ合いと待ち合わせて病院へと向かう。
 待合室で待っている間にも、奥の方からジュニアの声がする。
 気のせいか少しかすれているような…。
  うちから一歩出ただけで鳴きっぱなしになるのだから、ずっと鳴いてりゃ声もかすれるよ。

 一週間ぶりで会うジュニア。
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    お顔を見せて。

  顔だけみれば大して変わらないが、毛並みが少々ぱさついてつやがなくなっている。
  手触りも悪くなっている。。。
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   気持ち、やせたかもしれない。
  先生に話を聞くと、やはり消化剤をかけたご飯を嫌がって食べないという。
  いざとなったら鼻からチューブを入れるそうだ。

   心配していた通り、ご飯をちゃんと食べてくれていない。困った子だ…。
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     抱き上げても軽い。

   何かご不満の様子で、ふにゃの左腕を盛んに甘噛みしていたジュニア。
   ちゃんとご飯を食べてくれれば、お薬を飲んでくれれば、こんなことにはならなかったのにね。
    いまさら言っても始まらないけど・・・。

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  連れ合いにも抱っこされたジュニア。

  「軽くなったなぁ・・・」 ぽつりと連れ合いがいった。

  栄養さえ摂れれば元気になる可能性はある。
  黄疸はよくはなっていないので、気分が悪い状態が続いているんだろう。
  頑張ってご飯さえ食べてくれれば…。

また、来週、会いに来よう。
  肝臓で入院すると長引くのだという。
  気長に待とう。ジュニアが元気にうちに帰れる日を。。。
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by mycolon | 2013-09-02 21:21 | ジュニア | Comments(10)



ねこ、ネコ、猫、ネコに振り回される毎日。
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